弾き語り界きってのスロースターター、Yo-Hendrixの今年初ライブが決まりました。
2/29、渋谷ウェステッドタイムです。
今回はちょっとオサレにエレキギターでも抱えてみようかな、なんて思っております。うひょひょ。
上手にできるかなぁ。
できるでしょ。
お楽しみに。
5年ぶりに、バイクをゲット。
縁あって、会社の上司からタダ同然で売っていただいた中華製125ccの面白スクーター。クインキーというメーカーの、BTL125というなんだかサンドイッチみたいな名前のオートバイ。
詳しいスペックは謎。調べようが無いからたぶんずっと謎。とにかくタコメータ見てる限りリミッターは無し。常に給油したい衝動を忘れさせない4ℓタンク。フルフェイスのヘルメットを頑なに拒否し続けるコンパクトなメットイン。ハザードとかパッシング機能とかたぶんおれ使うタイミングとか一生分からない。
でもなんだか一緒に出かけたくなるような愛嬌のある顔と、一生懸命に回るエンジンがかわいくて仕方ないです。
ワケあって、「あぁ、もうバイクには一生乗らねんだろうなぁ。」なんてふて腐れ続けて早5年。
なんとなく、ライダー復帰のリハビリを開始しようかと思っていた矢先の絶妙なご縁。
以前跨っていたオートバイとは比べ物にならないくらい小さなバイクなんだけれどもね、逆光の中の信号に目を細めたり、ウィンカーのプッシュキャンセルを忘れたまま走ったり、かじかんだ手を缶コーヒーで温めたり。
そういうのが一気にフラッシュバックして、時折涙が出そうになります。
こいつに乗って釣りに出かけたり、買い物したり、銭湯に行ったり。
日常のちょこっとした隙間をピッタリと埋めてくれるのが、おれにとってのオートバイという存在。
久々にまた少し、悪巧みを考えてしまうのです。いひひ。
図鑑を見るのが好きです。
昆虫とか、恐竜とか。
細菌の図鑑もあったのだが、買って間もないうちにどっかに行ってしまった。
おーい、細菌。大腸菌やーい、ピロリ菌やーい、Q熱リケッツィアやーい。
目を凝らしてみれば、ミクロも無限も変わらんね。
海はだいじょうぶかな。
恩納村の浜で採れた両手一杯のアオサや、伊豆の海で釣り上げた黒鯛は大丈夫かな。
風、風はどうだろう。
湾岸道路ではいつだっておれの進行方向とは真逆に吹き抜けていく風は。隅田川の桜を大きくゆっくりと散らした優しい風は。風は大丈夫かな。
川はどうだろう。鮎たちは、今年も無事に荒川を昇りきったかな。
葉はどうだろう。仙台堀公園のおおばこの葉はだいじょうぶかな。陽の光とたっぷりの水で、きらきらしているかな。サイダーのガラス瓶一杯に詰め込んで薬草ごっこ。
どんなケガでも治してくれる、魔法のおおばこ。
ひとはどうだろう。
目を閉じれば宇宙に行ける。目を開ければ、見たいものがいつでも見れる。
どちらも真実。
信じられない人と、信じてしまうが故に自分の在り処がわからなくなってしまった人。
ひとはだいじょうぶかな。彼も彼女も。おれも君も。
明日は素敵な人と会いたいな。
しっかし、眠れないなぁ。
一度覚えたインスタントな贅沢は、なかなか捨てられない。
なんというか、贅沢を知る度に、自分の中のいろいろなものを人質に取られているんだろうな本当は。
街を歩けば、幹線道路では黒塗りのドイツ車が軽トラックを煽り、カードローンの立て看板が電柱のふもとで腐りながら風にうなっている。パチンコ屋の自動ドアが通りすがりにだらしなく開いて、無秩序なBGMで我に返って、ちょっと早足になってみたりする。
たぶん怖いのだ、おれは。
足りなくなった感性や想像力を埋めるために、報道番組や新聞を見て一喜一憂、知ったふりをして今日も一日ご苦労様。冗談みたい。
この国が狂っているように、たぶんおれたちも相当にアタマをヤられているに違いない。
描けば描くほど、ほんとはみんな好きなだけ自由になれるのにねぇ。
誰かが切って張って昨日か一昨日辺りに作った危うい価値観に、自ら縛られてみたりする。
忌わしきを鏡に。
おれの目に映るのは、いつだっておれだ。
慎ましい、という生き方が怖い。
原始を思い出しつつ、前に進む方法が解らないから。
でも忌わしい生き方は、もっと怖い。
取られた人質を、ひとつずつ取り返していこう、と思った。
嫌いなものを大きな声で言うヤツと、好きなものを一方的に人に伝えたがるヤツ。
これ、自己主張のベクトルが違うだけで、質は同じものだと思うの。
どちらも歓迎されない。
稚拙。
好きなものを好き、と言えないことはとても寂しいことだと思うけれど、言わなきゃ、他人に伝えなきゃ自分自身を確認できないってこともそれはそれで寂しいことだと思うのですよ。
おれのことを、「秘密主義だ」なんていうヤツがいるけれど、そんな下らんもので主義主張した覚えは無い。
秘密じゃない。
自己完結してるだけなのだ。うらやましいか、へへっ。
大きな流れを感じた後には、小さな小さなミクロな自己の世界へ。マクロからミクロへ。
その間を行ったりきたりすることで初めて、物事の本当の大きさが解るんじゃないかなぁ。
思い通りの休日。
ほんとうに、何もかもが思うとおりの休日だ。
素敵な人に会い、素敵な街でおいしいコーヒーを。
そして格安の靴とネクタイを買って・・・・
もうこれ以上今日は何もいらないの。
隠されたことが知りたければ、今手に届くものをよぉぉぉぉく見れば良い。
そこから必ず根を張り巡らされて、物事は同じ土の中に広がっている。
幸せな昼寝と、久々のラーメンと、うちのバカ犬。
この中にもいろんな答えや真理が詰まっているんだろうなぁ、でも面倒だから深く考えるのはやめるかぁ、なんて。
「世の中には、法律や理屈がまるっきり通じない敵ってのがいる。そんなものと対峙したときに、強い拳を持っていない男は不幸だ。」
おれの世界で一番尊敬する武道家の名言。
夜のバス停で、左拳を思わず撫でてみる。
そんな、思い通りの休日。
カードのメッセージ。
思いのほか、今回は分かりやすく出ているのでこちらにアップ。
何を占うでもなく、カードと雑談をするようにちらほらめくることが多いのだが、今回は非常に興味深いメッセージがあったので是非考えていただけたらこれ幸い。
種が滅ぶとき。それは、本能を忘れてしまったときのようです。
人間にもここ最近忘れかけている本能(生物的に正しいかどうかは分からないけれど・・・)があるようで、種の存続にかかわるものである、とカードは語ります。
その「本能」とは、生存本能と対極にあるであろう「共存本能」だといいます。
「共存」というテーマが遺伝子レベルで組み込まれているにもかかわらず、人間はそれを捨て去ろうとしている。
滞りなく受け流し、広め、共有する。
大きな大きな、種として与えられたテーマだそうです。
「個」ばかりを大事にしてしまうと、「種」がおろそかになる。
理性と欲と本能のコントロールに悩むおれたち人間にとって、それは決して壊してはいけないバランスなのだとカードは語ります。
「種」の尊厳を理解してこその「個」
なんだか今日はカードがとても優しく、軽やかに語るのでついつい嬉しくなって記事を書いてみました。
ほら、やっぱりおれたちは自然の摂理にしっかり組み込まれて生きている。
わくわくするなぁ!!
この意味を深刻に捉えることもできるけれども、人間としての「種」に立ち返る原点としてはとっても原始的でシンプルで分かりやすいと思うのです。
種の存続。
個の存続。
どちらが大事、ではない。
どちらも大事、なのだ。
(会社の運河で仲良くなった猫。渋い鳴き声してる)
みなさん。いかがお過ごし??
ヨーヘンはここのところ左肩があがらず、レントゲンや病理検査でも理由が分からず、四十肩説が日に日に濃厚になるばかり。
あーいやだいやだ。
今日も整体に行こうと思いつつ、ぼけぇっとしていたらあらまぁ、いつのまにやらお昼過ぎ。
土曜日だったんだね。整体院も早仕舞い。まぁいい、おれも早仕舞いしよう。
・・・・と、思っているところに先日まで滞っていたブレスレットの材料の入荷がどかっ、とありまして、支払いやら何やらで頭一杯、手一杯になりつつ今ようやく落ち着いてコーヒー飲んでおります。
んー、今日は本でも読もうかな。。
人の身体を動かす最も大事なものは、カロリーやビタミンやミネラルなんかじゃなくてね、意識だと思うの。
意識。
動けない、できない、やらない理由があるのなら、意識を疑え。自分の意識を。